「最近の若者は」という言葉を聞いて、「これって昔から言われているの?」と気になったことはありませんか。
実は、現在確認できる確実性の高い文献では、同じような世代批判を約2700年前の古代ギリシャまでさかのぼることができます。
一方で、「ソクラテスが若者の礼儀の悪さを嘆いた」「5000年前の古代エジプトにも同じ言葉が残っている」といった有名な話には、出典を確認すると注意が必要なものもあります。
この記事では、古代ギリシャの文献や柳田国男さんの記録、心理学研究をもとに、「最近の若者は」はいつから言われているのかを分かりやすく整理します。
さらに、なぜ人類が何千年も同じような世代批判を繰り返しているのかまで見ていきます。
最近の若者はいつから言われている?確実な記録は約2700年前までさかのぼる
「最近の若者は」という世代批判は、確実性の高い文献を基準にすると、少なくとも紀元前8世紀ごろまでさかのぼれます。
つまり、2026年から考えると約2700年前には、すでに「今の若い世代は昔と違う」と嘆く発想が存在していたことになります。
ただし、古代ギリシャの人が日本語で「最近の若者は」と言っていたわけではないので、ここは誤解しないように見ていきましょう。
| 時代・地域 | 確認できる内容 | この記事での扱い |
|---|---|---|
| 紀元前8世紀ごろ・古代ギリシャ | ヘシオドス『仕事と日』に、子が老いた親を敬わなくなる趣旨の記述がある | 確実性の高い古い世代批判の例 |
| 1928年・日本 | 柳田国男「昔風と当世風」に「この頃の若い者」という表現が確認できる | 日本語圏で確認できる用例の一つ |
紀元前8世紀ごろのヘシオドス『仕事と日』に若者への世代批判が残っている
「最近の若者は」という発想を探すうえで、かなり確かな手がかりになるのが、古代ギリシャの詩人ヘシオドスです。
ヘシオドスの『仕事と日』174〜190行付近には、父と子が不和になり、子が年老いた親を敬わず、厳しい言葉を浴びせるようになるという趣旨の描写があります。
現代風に言い換えるなら、「今の若い世代は親や年長者を大切にしなくなった」と嘆いているような内容です。
もちろん、『仕事と日』に「最近の若者は」そのものの決まり文句が書かれているわけではありません。
それでも、「新しい世代は以前より礼節を失っている」という考え方が古代から存在していたことを示す資料としては、とても重要です。
「ソクラテスが最初に言った」「古代エジプトが最古」といった有名な説よりも、まず原典を確認できる記録と、後世に広まった話を分けて考えることが大切です。
ヘシオドスの記述は、Perseus Digital Libraryで原文を確認できます。
Perseus Digital Library「Hesiod, Works and Days」
日本では1928年の柳田国男「昔風と当世風」に「この頃の若い者」という用例が確認できる
では、日本ではいつごろから似た言い方が確認できるのでしょうか。
国立国会図書館の書誌情報によると、柳田国男さんの「昔風と当世風」は、1928年3月の講演を初出としています。
現在、青空文庫で読める本文には、実際に「この頃の若い者」という表現が登場します。
昭和初期の時点ですでに、「今の若い人たち」をひとまとまりにして語る感覚が日本語圏にもあったことが分かります。
ただし、1928年が日本で「最近の若者は」に相当する表現が初めて使われた年だとは断定できません。
日本の古典・新聞・雑誌などを網羅的に調べた結果ではないため、「確認できる用例の一つ」と考えるのが正確です。
興味深いのは、柳田国男さんが同じ文章の中で、英国のアーキバルド・セイス教授から聞いた話として、約4000年前のエジプトにも似た若者批判があったと紹介している点です。
ただし、こちらは柳田国男さん自身が原史料を確認した記録ではなく伝聞なので、古代エジプトを「最古」とする根拠にはそのまま使えません。
結論として、「最近の若者は」という発想は少なくとも約2700年前の古代ギリシャまで確実にたどれ、日本でも1928年にはよく似た表現が確認できます。
ソクラテスや古代エジプトの「最近の若者は」という話は本当?
「最近の若者は」という言葉を調べると、ソクラテスの名言や「5000年前の古代エジプトにも同じ言葉があった」という話をよく見かけます。
しかし、調べられる原典や出典をたどると、どちらも有名な説をそのまま史実として扱うのは危険です。
古代に若者への批判が存在したことと、ネットで広まった有名な文章が本物であることは、分けて考える必要があります。
| よく知られる説 | 確認できたこと | 結論 |
|---|---|---|
| ソクラテスが「若者は贅沢を好み、年長者を敬わない」と言った | 古代文献からソクラテス本人の直接引用として確認されておらず、1907年のKenneth John Freemanの文章が有力な源流とされる | ソクラテスの真正な名言とは断定できない |
| 5000年前の古代エジプトに「最近の若者は」と書かれていた | 今回の調査では具体的な墓・碑文・パピルスなどの一次史料を特定できなかった | 古代エジプトが最古とは断定できない |
| 古代ギリシャにも若者を批判する考えがあった | ヘシオドス、プラトン、アリストテレスの文献に若者や世代間の関係を扱う記述が確認できる | 類似する発想そのものは古代から確認できる |
「若者は贅沢を好み年長者を敬わない」というソクラテスの名言は後世の誤帰属とみられる
有名なのが、ソクラテスの言葉として紹介される「子どもは贅沢を好み、行儀が悪く、権威を軽蔑し、年長者を尊敬しない」という趣旨の文章です。
いかにも「最近の若者は」という話の元祖らしく見えますが、この文章を古代のソクラテス本人が語ったと確認できる直接的な史料は見つかっていません。
出典を追跡した二次資料では、重要な源流として古典学者Kenneth John Freemanが1907年に刊行した『Schools of Hellas』の記述が挙げられています。
Freemanは古代ギリシャの教育や若者について論じていますが、ネットで広まった文章は、その記述が後世に言い換えられたものと考えられています。
さらに、1922年にはすでに、この内容をソクラテスの言葉として紹介する例が確認されています。
つまり、長く引用され続けるうちに「古代ギリシャについて書かれた文章」が「ソクラテス本人の名言」として定着していった可能性が高いわけです。
まるで、誰かが要約した映画のセリフが何十年も転載されるうちに、いつの間にか主演俳優本人の言葉として扱われてしまったような状態ですね。
古代ギリシャに若者への批判が存在したこと自体は確認できますが、有名なソクラテス名言の真正性とは別問題です。
なお、プラトン『国家』には、過度な自由のもとで子が親を恐れなくなり、若者と老人が同列になるという趣旨の描写があります。
アリストテレス『弁論術』にも、若者を衝動的で激情に流されやすく、自分は何でも知っていると思いがちだと類型化する記述があります。
ただし、どちらもネットで広く引用される「最近の若者は」というソクラテスの文章そのものではありません。
「5000年前の古代エジプトが最古」という説は原典を確認できず断定できない
もう一つ有名なのが、「最近の若者はという嘆きは5000年前の古代エジプトにも残っている」という話です。
ところが、この説には「4000年前」「5000年前」「6000年前」など複数のバージョンがあり、年代そのものが一定していません。
今回の調査では、「5000年前のピラミッド」や「6000年前の墓碑」に若者批判が刻まれていたと断定できる具体的な墓名・碑文番号・パピルスなどの一次史料は確認できませんでした。
そのため、「人類は5000年前から最近の若者はと言っていた」と言い切ってしまうと、出典の確かさという点で問題が残ります。
一方で、日本では柳田国男さんが「昔風と当世風」の中で、古代エジプトに似た話があったと紹介しています。
柳田国男さんは、英国のアーキバルド・セイス教授から聞いた話として、約4000年前のエジプトの書記が、当時の若者が軽薄になり昔の質実剛健を軽視していると嘆いた趣旨の話を書いています。
ここで重要なのは、柳田国男さん自身がエジプトの原史料を確認したと記しているわけではなく、セイス教授から聞いた伝聞として紹介していることです。
そのため、この記述は「古代エジプト説が昔から語られてきた証拠」にはなりますが、「古代エジプトが最近の若者論の最古の発祥地だという証拠」とまでは言えません。
検索結果だけを見ると、ソクラテス説や古代エジプト説のほうがインパクトがあります。
しかし、史料の確かさを優先するなら、第1章で紹介した紀元前8世紀ごろのヘシオドス『仕事と日』のほうが、現時点では根拠を示しやすい古い例です。
「ソクラテスが言った」「5000年前のエジプトが最古」という話はそのまま信じず、確実な原典がある古代ギリシャの記録と切り分けて理解するのが正確です。
なぜ人は何千年も「最近の若者は」と言い続けるのか?
「最近の若者は」と何千年も繰り返されてきた理由の一つとして、心理学では自分の現在の価値観や能力を基準に若者を評価してしまう傾向が指摘されています。
2019年に『Science Advances』で発表された研究では、こうした現象が「kids these days effect」として検証されました。
つまり、「若者が本当に昔より悪くなった」からだけではなく、人間のものの見方や記憶の仕組みによって「今の若者は昔より劣る」と感じやすい可能性があるのです。
| 研究で示された傾向 | 感じやすくなる若者への評価 |
|---|---|
| 権威を重んじる人 | 「今の若者は年長者を尊敬しない」と感じやすい |
| 知的能力が高い人 | 「今の若者は知的ではない」と感じやすい |
| 読書をよくする人 | 「今の若者は本を読まない」と感じやすい |
この研究は、米国の成人3,458人を対象に、5つの事前登録研究を通して行われました。
興味深いのは、誰もが同じ方向に若者を批判するのではなく、自分自身が得意だと思っている特性ほど「今の若者には足りない」と感じやすかった点です。
たとえば、本をよく読む人ほど「最近の若者は本を読まなくなった」と感じやすいということです。
これは、自分が料理好きなら他人の料理の雑さが目につきやすく、整理整頓が得意なら他人の机の散らかりが気になりやすいのと少し似ています。
自分の中に強い基準があるほど、その基準から外れた部分を見つけやすくなるわけです。
そのため、「自分たちの若いころはもっと礼儀正しかった」「昔の若者はもっとしっかりしていた」という実感だけで、世代全体が劣化したと判断するのは注意が必要です。
研究では、もう一つの要因として記憶のバイアスも指摘されています。
人は現在の自分の特徴を、過去の自分や昔の同世代にも当てはめて記憶してしまうことがあります。
たとえば、現在とても読書をする人が「自分たちの世代は昔からもっと本を読んでいた」と感じても、実際の若いころの自分が同じくらい読書家だったとは限りません。
過去の記憶はビデオ映像のようにそのまま保存されているわけではなく、現在の自分から見た解釈が入り込むことがあります。
その結果、「昔はもっと良かった」という感覚が生まれ、現在の若者との差を実際以上に大きく感じる可能性があります。
では、実際の若者は昔より能力が落ちているのでしょうか。
少なくとも、すべての能力について一律に「劣化している」と言えるデータはありません。
その分かりやすい例が、子どもの満足遅延に関する研究です。
満足遅延とは、目の前の小さな報酬をすぐにもらわず、より大きな報酬のために待つ力のことで、有名な「マシュマロテスト」のような実験で調べられます。
2020年に公表された研究では、過去50年間の実験データを分析したところ、子どもが待てる時間は低下ではなく、むしろ増加する傾向が示されました。
しかも、事前に予測を尋ねられた発達研究者260人のうち84%は、「子どもの待つ力は悪化した、または変わっていない」と予想していました。
専門家であっても、「今の子どもは昔より我慢できなくなっているのではないか」という印象を持つことがあるわけです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象となった期間 | 過去約50年間 |
| 研究前の専門家予測 | 260人のうち84%が「悪化または変化なし」と予測 |
| 実際の分析結果 | 子どもの待てる時間は増加傾向 |
もちろん、この研究だけで「現代の若者は昔より優れている」と結論づけることもできません。
能力や価値観は時代によって変化し、良くなる部分もあれば、別の課題が生まれる部分もあります。
大切なのは、印象だけで世代全体を一括りにしないことです。
「最近の若者は」が何千年も繰り返される背景には、若者そのものの変化だけではなく、自分の得意分野を基準に評価する傾向や、過去を美化しやすい記憶の仕組みが関係していると考えられます。
まとめ|「最近の若者は」は少なくとも約2700年前から繰り返されている
「最近の若者は、いつから言われているの?」という疑問に対して、確実性の高い文献から答えるなら、少なくとも紀元前8世紀ごろまでさかのぼれます。
2026年から考えると約2700年前で、古代ギリシャのヘシオドス『仕事と日』には、若い世代が年老いた親を敬わなくなるという趣旨の記述が残されています。
つまり、「今の若者は昔と違う」と嘆く発想は、現代だけのものではなく、少なくとも約2700年前から確認できるほど古いものです。
| 疑問 | この記事の結論 |
|---|---|
| 「最近の若者は」はいつから? | 確実性の高い記録なら紀元前8世紀ごろ、約2700年前までさかのぼれる |
| ソクラテスの有名な名言は本物? | ソクラテス本人の直接引用とは確認できず、後世の誤帰属とみられる |
| 古代エジプトが最古? | 有名な説はあるが、具体的な一次史料を確認できず最古とは断定できない |
| 日本ではいつから? | 1928年の柳田国男「昔風と当世風」に「この頃の若い者」という用例を確認できるが、日本最古とは断定できない |
| なぜ何千年も繰り返される? | 自分の得意分野を基準に若者を見る傾向や、過去の記憶に生じるバイアスが関係すると考えられている |
特に注意したいのが、「ソクラテスも最近の若者を批判していた」「5000年前のエジプトにも同じ言葉があった」という有名なエピソードです。
どちらも、そのまま確定した史実として紹介するには出典上の問題があります。
古代ギリシャに若者や世代間の関係を批判的に描いた文献が存在することと、ネットで広まった名言が本人の発言であることは別の話です。
また、「最近の若者は」と感じる理由については、2019年の心理学研究からも興味深い傾向が示されています。
人は自分が得意な特性ほど現在の若者に不足していると感じやすく、現在の自分を過去の自分や昔の若者にも投影して「昔はもっと良かった」と記憶する可能性があります。
だからこそ、「自分たちのころはもっとしっかりしていた」と感じたときには、その印象と実際のデータを一度分けて考えてみることが大切です。
若者の価値観や行動は時代とともに変わりますが、変化していることと「劣化していること」は同じではありません。
「最近の若者は」という言葉そのもの以上に興味深いのは、何千年たっても大人が次の世代に同じような違和感を抱き続けていることなのかもしれません。

